『嘘』とは『真実』を隠す行為。大切な相手が心に傷を負わないように。大切な自分が傷つかないように。理由は様々ですが、人は少なからず嘘を吐きます。
今回のキーパーソンであるアイリスもそう。
彼女は見栄を張る癖がありました。『見栄を張る』とは、からっぽの自分、自信の無い自分を『言葉』で着飾り隠す行為。言葉の意味は陳腐で軽く、響かない。しかし、悪口を言い、見栄を張り、嫌なことがあると泣き叫ぶアイリスは、この作品内で一番『人間くさい』キャラクターだと思うのです。
今回はそんな感情豊かなアイリスと、感情が乏しいヴァイオレットの対比がたくさんのことを教えてくれました。
さて、4話の物語はアイリスに指名が入るところから始まります。しかし、彼女は指名に舞い上がり階段から落ち、腕を怪我してしまう。タイピングができなくなったアイリスの出張に同行する形で乗った蒸気機関車の中で、ヴァイオレットは彼女の故郷についてこう言いました。
カザリは山の中腹にある村で、酪農と農業が主な産業なのですね。
他には、取り立てて語る特徴も歴史もありません。
悪かったわね!何もなくて!
悪くはありません。
価値のある何かが存在すると、事件や略奪が起こります。
価値のある『何か』は無いと言ったカザリの村。奪う価値が無く、争いが無いことに価値が有ると判断するヴァイオレットの思考の裏には、戦争が如何に凄惨なものであるかを匂わせており、胸が苦しくなりました。
しかし、カザリには何も無くはなかった。その村には、ヴァイオレットの世界が広がる『沢山の出会い』が待っていました。 そんなヴァイオレットの心が色付き始めた軌跡を、4つのトピックスで少し振り返ってみます。
言葉を重くするもの
カザリに降り立った二人はアイリスの家族の出迎えを受けますが、発覚するのはアイリスの母親が娘に会うために虚偽の名前で依頼をしたという事実。母親がアイリスに依頼した手紙とは、彼女自身の『誕生会の招待状』でした。そしてその誕生会は、アイリスの結婚相手探しの意味合いも込められていました。
都会に出てしまって会えなくなった娘を呼ぶことに成功した母親は、いたずらっ子のような笑顔を見せます。しかし、この行為はアイリスの仕事を侮辱する行為に他なりません。
愚痴が多いアイリスですが、手紙や自動手記人形の仕事が好きなのは事実。怒るのは当然でしょう。しかし、それはあくまで『アイリスの視点』なら。母親から見たアイリスは、家族へ『見栄』という嘘を吐いていました。
「自分はライデン1の人気ドールだ」
「自分は花形自動手記人形だ」
実際に顔を合わせない距離、文字でしかやり取りできない距離を良いことに、アイリスは自分を着飾り続けます。そんな文章は軽いだけ。仕事への真剣さが伝わってこない。
だから母親はアイリスの仕事と真剣に向き合わないのです。
貴女は一人娘なんだもの。
こっちに戻ってきて結婚してほしいのよ。
ドールは辞めて、こっちで私たちと…
そして、アイリスの真剣さが分からないからこんなことさえも言ってしまえる。
アイリスが張り続けた『見栄』と母親の自分勝手な『親心』の二つが、最悪の形で実を結んでしまうのです。アイリスがもし「まだまだ未熟だけど、本気で頑張ってみたい」と母親に一言伝えていれば、今回の問題はそもそも起きていなかったでしょう。
しかし、二人の仲は拗れるばかり。
母親と娘と言う近しい関係性が、喧嘩して素直になれない気持ちが、『言葉』をとても言いにくいものにしてしまうのです。
『愛してる』の重さ
アイリスにはエイモン・スノウという幼馴染がおり、彼はいつも親切で、優しくて、アイリスはエイモンの事が好きでした。
しかし告白は失敗。振られた羞恥心から、彼女は「ここから消えたくなった」と言っています。
彼女が見栄を張ってしまうのは、この失恋が原因なのではないでしょうか。ずっと好きだった人に拒絶された時の心境は『自分のことを根底から否定された』と思ってしまっても仕方がないと思います。自信を持てない自分が嫌で、そんな自分が恥ずかしくて、本当の自分を隠したくなったのではないでしょうか。
しかし、アイリスの失恋は彼女の自信を奪うだけではありませんでした。大きな痛みと引き換えに、『愛してる』は彼女に大きな力を与えました。
それは、『この町から消えてしまいたい』という気持ち。一見マイナスに思えるこの気持ちひとつで、彼女は苦手な文字の読み書きを習得し、自動手記人形になれたのです。その事実は『嘘』でも『見栄』でもなく、アイリスの『努力の証』なんですよね。
そんな彼女は今、本気で頑張りたい仕事に就くことが出来ています。力不足に悩みながらも、やりがいを感じる日々に身を置いています。色恋に振り回され、自信が無い辛さを感じ、それでも進み続けています。
そんなアイリスだからこそ、きっと彼女は『良い自動手記人形』になれると私は思いました。
それは少しずつ積み重なって
そんなアイリスの吐露は、聞いたヴァイオレットにとって少佐から「愛してる」を貰って以来二度目の『愛してる』との邂逅となりました。
ヴァイオレットにとっての原動力は『少佐の「愛してる」を知りたい』という想い。その想いを叶えるため、彼女は二度目の生を不器用なりに歩き始めています。しかし彼女はまだまだ『人の気持ちがわからない』。
申し訳ありません。
少しは理解できるようになったと思っていたのですが、人の気持ちはとても複雑で繊細で、誰もが全ての思いを口にするわけではなく、裏腹だったり、嘘を吐く場合もあり…。
正確に把握するのは、私にはとても困難なのです。
それもそのはずですよね。だって、私たちですら完全には分からないですもの。だから話し合ったり、喧嘩したりするんです。知らないなら、理解できないなら、できるようになるまで頑張ればいいんです。
『愛してる』は、それほど重い言葉なのですね。
拒絶されると、消えてしまいたくなるほど…。
あの時の少佐も、そうだったのでしょうか。
だからヴァイオレットは『知らない』で終わらない。彼女は『知らない』からこそ『知りたい』と頑張ってきました。まだ『愛してる』は分からなくても、歩き始めた時間の中で気付けたことがあるのです。
それは『本当の心を言葉として伝えることはとても難しい。そして時と場合によって、言葉はとても言いにくくなることがある。』ということ。
これはルクリアと過ごした日々で彼女が気付けたこと。だからあの時ヴァイオレットはアイリスにこう言えたのでしょう。
ご両親にも、アイリスさんの本当のお気持ちをお伝えしてはいかがでしょうか。
手紙だと伝えられるのです。
素直に言えない心の内も伝えられるのです。
ヴァイオレットは嘘を吐くことができず、本心からの言葉しか口にしません。それは今までの彼女の言動を見れば明らかです。そんな彼女が言うのです。手紙の力を信じて言うのです。だからアイリスは両親への手紙を書こうと思えたのではないでしょうか。
貴女の名に願いを込めて
嘘を吐き、見栄を張ったアイリスは水たまりを踏み、靴は泥に汚れてしまいました。
自分の本当の気持ちを喚き散らした時、ヴァイオレットに手紙の代筆を頼んだ時、彼女は裸足でした。
そして、帰る直前の彼女はまたしても水たまりを踏んでしまいます。
序盤のアイリスは自動手記人形の衣装に誇りを持っていて町の皆に見せびらかしたいという風に言っていましたし、何度も映る足元の画から『靴』、『泥』、『裸足』は彼女の心境を表しているのかな、なんて思いました。
序盤はあれだけ自動手記人形の衣装を~と言っていた彼女ですが、最後に水たまりを踏んだ時に『これも私らしいかな』と自嘲気味に笑います。
その表情はまるで諦めのようで、自分を卑下しているようで、見た瞬間は胸の奥が苦しくなりました。この時はまだ、アイリスはアイリス自身を好きにはなれていないんです。カザリに来た時と帰る時では『取り繕っていた』か『さらけ出したか』の違いだけで、アイリス自身は特段変わっていないので当然と言えば当然ですが。
けれど、両親は彼女が生まれた時からずっと伝えていたんですよね。アイリスが大好きだよ、と。この花のような人になりなさい、と。両親のアイリスへの愛は何万文字書いても書ききれないのかもしれません。けれど、たった一言でも彼女に伝えることが出来るのです。
誕生日おめでとう、アイリス。
そんなアイリスの花言葉は『恋のメッセージ』、『吉報』。自動手記人形として改めて一歩を踏み出すアイリスに、これほどピッタリな名前はありませんね。
そして帰りの汽車の中、アイリスの言葉でヴァイオレットの記憶がフラッシュバックします。思い出したのは、いつかの少佐と幼いヴァイオレット。
蝶の軌跡を追いかけた少佐の視線。あるのは大砲。そしてタイヤの下にひっそりと咲くスミレの花。
残酷ですよね。彼女に名前を贈ろうとしている時にさえ『罪のメタファー』を置いておくなんて。
しかし、ギルベルト少佐は大砲なんて意にも介さず、彼女にヴァイオレットという名を与えます。
ヴァイオレット、花言葉は『愛』。
ギルベルト少佐が残したものは、現時点では『緑のブローチ』と『ヴァイオレットの名』だけ。しかし、この二つはヴァイオレットにとってのみちしるべなんだと思うのです。
『どこかへ向かう為のみちしるべ』ではなくとも、ヴァイオレットが『これから先の未来を歩いていく為のみちしるべ』なんだと思うのです。
ギルベルト少佐のこの願いがいつか本当に叶う日を願って、今回はこの辺で終わりたいと思います。
今回のヴァイオレット・エヴァーガーデン第4話も、本当に素敵なお話でした。
未来への 願いを込めた みちしるべ
あなたの色で 彩り咲かせ