ヴァイオレット・エヴァーガーデン 第7話感想

昔、国語の先生に聞いた話。

名前という漢字の「名」は、夕と口から成り立っており、暗く(=夕)なり顔が見えなくなった時、人々は互いに声を出して(=口)自分の存在を知らせていたことが「名」という漢字の理由だそうです。(諸説あり)

名前とは自身の存在を示し、かつ、自身を導く"みちしるべ"となるもののような気がします。

少佐も言いますよね。

君は、その名が似合う人になるんだ。

そうなると、「名前」には名付け人の「願い」が込められているような気もします。

 

 

さて、今回のヴァイオレット・エヴァーガーデン第七話は、劇作家と自動手記人形の物語。

響き合い、心を快復させるもの。

響き合い、火傷に気づくもの。

ラストはとても悲しいけれど、それでも僕にはとても素晴らしい物語が始まる予感で溢れているように思うのです。

では参りましょう。

 

 

 

 

 

酒ばかり飲み、部屋に閉じこもり、外からの光に背を向けるオスカーは、その全てが彼の苦しさを表しているように思います。

 

散らかった部屋は、彼の心の状況を。

窓の景色に背を向け続けるのは、それと紐付けされた娘を思い出すから。

酒を飲むのは、心の痛みを麻痺させるために。

そうして過ごしてきた彼の時間は、娘を失った所で止まったままでした。

 

しかし、そこへ来訪者が現れます。

扉を叩くノックは、まるでオスカーの時を動かす心臓マッサージのよう。

そうして扉を開けた先には、「悲しくて名前も呟けないあの子」によく似た髪の色をした、自動手記人形が立っていました。

 

自動手記人形の仕事には、大きくわけて2つの形があります。

ひとつは「手紙」。誰かから誰かへ伝えたい想いをすくい上げ、文字へと落とし込む仕事。

ひとつは「口上筆記」。喋ったことをそのまま紙に打ち込んでいく仕事。

今回の依頼は口上筆記でしたが、その前にヴァイオレットがした仕事は、部屋の片付け、料理、酒を隠すことです。

それは本来、自動手記人形のする仕事ではありませんが、ここがとても重要だと思うのです。

「困ったお方です」と言いながら部屋を片付け、作ったことのないカルボナーラを作り、「旦那様ご自身にもよくありません」と言い酒を隠す彼女は、あの時確かにオスカーのためを想って行動しているんです。

 

ヴァイオレットのことを想ってエヴァーガーデン家に行くよう手配していたギルベルトや、ヴァイオレットのこれからを想って自動手記人形に就くことを認めてくれたホッジンズのように、ヴァイオレットも誰かを想って行動できるようになったんです。

 

私は、それが「心」だと思うんです。

 

七話だけでなく物語全体を通して、ヴァイオレットは依頼人の心を移す鏡として機能してきました。しかし、今まではその鏡の心はまだまだ未熟だったため、どんなに酷い傷でも触れてしまえるし、抉り出せてしまう。初めは依頼人を泣かせてしまうこともあったほどです。

 

けれど、少しずつ。

 

ヴァイオレットは「誰かを想う心」をルクリアとローダンセ先生から知りました。

「愛してるという言葉の重さ」をアイリスから知りました。

「大切な人がいない寂しさ」をリオンから知りました。

そうして成長できた彼女だから、オスカーとオリビアの別離の辛さを実感でき、「こんなにも寂しく、こんなにも辛いことだったのですね」と気付き、涙を流すのです。

 

その彼女を見て、オスカーは言います。

「このままじゃダメだ」、「完成させるよ、オリーブの物語を」と。

物語を完成させるという事は、娘(=オリビア)をモデルにしたオリーブの物語を、自分自身の手でハッピーエンドにするということ。

別離の悲しみにアルコールで麻酔をかけるのではなく、きちんと向き合い、きちんと悲しみ、そして乗り越えることができれば、病魔によって強制的に離れ離れになった親子は、もう一度繋がることができるのです。

 

そうして2人は最後の口上筆記へと入っていく。

もう薄暗い部屋に閉じこもる必要は無い。だって、この先に待っているのは絶対にハッピーエンドなのだから。

しかし、その過程で、彼はある疑問にぶつかります。

戻ってきたオリーブは父親に再会する。

そして海を渡って帰ってきて、再会して、一言目。

何を言うかな…

「ただいま」? いや、「お父さん」? 

彼は、娘との「いつかきっと」を経験しないまま、ここまで来てしまった。だから、オリーブが何と言うかが分からない。

その突破口が、ヴァイオレットの湖畔への跳躍です。

また行き詰まったのですか?

ム……君、向こうから歩いてくれないか?イメージを掴みたい。

歩くだけでいいのてすか?

できたら湖に浮かぶ木の葉の上をね。

了解しました。

力強く踏み出すヴァイオレット。

それは、自動手記人形には必要ない脚力。

そして、戦争の道具には必要な身体能力。

しかし、その跳躍はあらゆるものを繋ぐ新たな力となります。

ヴァイオレットとオリーブを。

オリーブとオリビアを。

そして、オリビアとオスカーを。

いいなぁ。

私もこの湖を渡ってみたい。

あの落ち葉の上なら、歩けるかな?

いつか、いつかきっと、見せてあげるね。

お父さん!

だから彼女の跳躍のさなか、彼は娘との思い出を見るのです。

あと何千回だって、そう呼ばれたかった。

死なないでほしかったな。

生きて、大きく育って、ほしかったな。

「口上筆記」が依頼の今回、登場人物は誰も手紙を書きません。しかし、オリビアが彼の手を取り笑顔を見せた時、思いました。

彼女の表情は「ただいま、お父さん」と、「離れ離れになってごめんね」と、「お父さんはこれからをちゃんと生きてね」と、言っているように見えるんですよ。

オスカーも、悲しくて名前も呟けなかった娘を想って、「何千回だってそう呼ばれたかった」って涙を流しながら想いを吐露できたんですよ。

手紙とは、人の心を伝えるもの。

良き自動手記人形とは、人が話している言葉の中から、伝えたい本当の心をすくい上げるものです。

たとえ紙でなくても、文字でなくても良いんです。

伝えたい本当の心が伝われば、形に残るものでなくても良いんですよ。

ヴァイオレットが湖で起こした「たった一瞬の水しぶき」が、オリビアからオスカーへの、そしてオスカーからオリビアへの、形のない手紙なんだと思いました。

 

オリーブは妖精たちの力を借りて、父親の元へ帰ることが出来ました。オリビアもまた、父親の元へ帰り、そして旅立っていきました。

引き裂かれた親子の別離は確かに悲劇です。

けれど、オスカーはその悲劇を「オリーブの物語」という冒険小説として書くことで、新しい一歩を踏み出そうとしているのです。

きっと、本当の意味で乗り越えることなんて誰にも出来ないかもしれません。大切な人の喪失は、一生治らない心の傷なのかもしれません。

けれど、その傷は一生治らないが故に、絶対消えないオリビアが生きた証拠なんです。

別離の悲劇は全てを飲み込もうとするけれど、オスカーの中には、もっと沢山の愛おしい日々があったんです。

ヴァイオレットは口上筆記を通して、オスカーがそれに気付くお手伝いをしていたんですね。

 

 

 

 そうして、今回の依頼は終わりを迎えます。

誰かを想って行動できるようになった彼女は、親子の別離を通して、悲しさ、寂しさを知りました。それは、火傷に気づく資格を得たということに他ならない。だからホッジンズの言葉が、過去の自分がリフレインするのです。

燃えています!

彼女の旅は、とても困難なものになるでしょう。

後ろには変えられない過去があって。

未来はとても不鮮明で。

歩いていく自分の体は火傷だらけで。

そして、聞きたくなかった事実を聞かされて。

報われるわね。

亡くなったギルベルトも。

彼女の生きる希望だったみちしるべは、ついに無くなってしまったように見えます。

7話ラストの彼女は、7話最初のオスカーと同じ状態なのです。

リビアを亡くしたオスカーが「悲しくて名前も呟けないあの子」と言っていたように、ヴァイオレットもまた大切な人を喪失し、悲しさから何も言えなくなり、そこから逃げ出してしまう。

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だから「」の中は空白なのではないでしょうか。

 

けれど、私にはどうしてもハッピーエンドへの期待を止めることができないんです。

空白ということは、そこに入るべき言葉がある証拠なんです。

その言葉を彼女自身が見つけることで、彼女の人生は、物語は、名前を得るんです。

その言葉を見つける旅路は困難かもしれません。もしかしたらもっと酷いことが、耐えられそうにもないことが、起こるかもしれません。

だけど、彼女の手にはフリルの付いた日傘があります。

その日傘は、風の力を使えば目的地まで運んでくれることを、親子の愛が証明しています。

だから僕は、きっと辿り着けると信じてます。

 

 

 

 

 

「」の中には何が入るんでしょうか。

僕は、願わくば「愛してる」だったら良いなと思います。