してきたことは消せない。
でも、君が自動手記人形としてやってきたことも、消えないんだよ。
傷口を抉りながら自問自答を繰り返し(1~8話)、ようやくひとつの答えを見つけ(9話)、その見つけた答えをみちしるべに、『大切な人を失う』という似た境遇(ヴァイオレットは過去形、アンは未来形)の親子の想いを死の別離から守り抜いた(10話)ヴァイオレットが歩む次の一歩は、しかしまた戦場に向いていた。
11話を見た時、どうにもこの展開が腑に落ちなかった。
どうして、火傷を抉り、自分の闇と向き合い、ようやく戦争の兵器でも軍の犬でもない"ただの"ヴァイオレット・エヴァーガーデンとして歩き始めたのに、また彼女は戦場に向かわなければならなかったのか。
その理由について考えているうちに、この第11話はヴァイオレットにとってどのような意味を持つお話だったのかが見えてきました。
未だ消えない戦火
今回の11話は、廊下のヴァイオレットが社長室のホッジンズとカトレアの話を聞いてしまうというシーンから始まります。
そこで語られるのは、『戦争はまだ完全には終わっていない』という事実。
終わったはずの戦争を継続したい過激派と、穏健派が争っているんだ。
世の中には、戦争なしでは生きていけない人種もいるのね。
今回の話の核となるのは、この会話だったように感じます。
ヴァイオレットは戦争なしで生きていけなかった自分を変え、戦後を自分の足で歩いていけるようになった。その道のりは決して容易ではないけれど、確かに彼女は変わることができました。
しかし、世の中には戦後に適応せず戦争を続けようとする人たちがいて、撒き散らされる武力、暴力により、今も命が消えていく。
この世界は戦争・戦後という不干渉の二層構造ではなく、一枚の絵画に垂れた絵具のシミの様に戦火は広がり続け、大切なものが奪われ続けているのです。
ヴァイオレットだからできること
届かなくていい手紙なんてない。
9話のローランドから受け取ったこの言葉はヴァイオレットの中で優しい灯火となり、自動手記人形としての道標の一つとなっています。
しかし、今回の依頼で向かうのは未だ戦争が続くクトリガル地区。
『戦後』を渡り歩く自動手記人形は『戦争』の地へ行くことができない。だからホッジンズは依頼を受けないことを選びました。
しかし、ヴァイオレットはホッジンズの指示なしで依頼を受けることを選び、戦地へと赴きます。
命令によって簡単に人の命を奪うのに、命令がなければ食べ物を食べることもできなかった『少佐の犬』が、指示ではなく自分の考えで行動に移すことができるようになったこと。
そして、銃弾が飛びかう戦地に迷いなく飛び込み、命の危機に晒されることなく依頼を遂行できること。
この二点を満たす今のヴァイオレットならば、戦場で戦後の道理を通すことができるのです。
贖罪のモチーフとして描かれてきた、人を殺め続けた両腕が、ここにきて彼女を支えるもう一つの力として描かれている。
今回のお話は、ヴァイオレットのもう一つの側面が『償い切り捨てるもの』ではないことを伝えたいのだと思いました。
戦後の先輩・戦場の同僚
依頼場所であるメナス基地は戦闘は激化し、その場所へ向かうことがそもそも難しい。
そこでヴァイオレットはメナス基地近くの運送会社を頼ります。
ライデンシャフトリヒから来た?!
道理で薄着なわけだ。
ヴァイオレットに紅茶とコートを渡す凄腕パイロットのイライアスはベネディクトと同じ配達人ですが、彼の『凄腕の操縦技術』はどこで培われたのかは想像に難くないでしょう。
彼は戦場で培った技術を用いて戦後を生きているヴァイオレットの『先輩』にあたるのではないでしょうか。
しかし、冒頭でも語られたように、 誰もがイライアス(やホッジンズ)のように戦後に適応してきたわけではありません。
メナス基地のエイダン達穏健派の命を奪う弾丸は洗練されていて、あまりにも無駄がなく、当時のヴァイオレットのように淡々と命を奪い続けています。
エイダンを救うべく間に割って入ったヴァイオレットを見て即座に撤退した過激派の彼らは、文字通りヴァイオレットの『元同僚たち』でした。
しかし撤退によって彼らが野放しになることを想像すると、戦後の世界に落とす陰が大きい気がします。彼らが後の大きな話の主軸になるのでしょうか。
彼女にはできないこと・彼女にしかできないこと
今回のお話は、「ヴァイオレットだからできること」にフィーチャーした話作りですが、それと同時に、「できないこと」も如実に語られます。
メナス基地への侵入経路の画策、飛行機からの降下、足場の悪い雪山での高速移動、銃を持つ兵士の無力化など、兵士として過ごしてきた経験によって、彼女はエイダンの窮地を救いますが、しかし傷を癒すことはできない。
死がエイダンの命を奪うまでの間、彼女にできることは今まで通りたった一つ。
目の前の人の「大切な思い」を掬い上げること。ただ、それだけでした。
前回の10話は、病による死から母の愛を守るものでした。誰にも、何もできない寿命というタイムリミットの中で、50年分の愛を死から隔離し、娘へと還元していく。ヴァイオレットは自動手記人形として、その時自分ができる最高の仕事を遂行することができました。
言ってしまえば、今回だって起こった事象は同じはずです。しかし、10話と11話では明確な違いがありました。
それは『ヴァイオレットなら救えたかもしれない』ということ。
戦場で多くのものを奪う炎は、戦後は掬い上げた想いの手紙を照らす灯りになる。
しかし、今のヴァイオレットならばできるかもしれないのです。
人の命を奪うことなく、燃え盛る炎を操ることが。
彼女の銀の腕は、命を奪ってはいけない。
銀の腕は『思いを掬う』為のものだから。
けれど、今の彼女ならば『命を救う』為に使えるのではないか。
そう思えてならないのです。
未だ終わらない戦争について、重く、暗く描かれた今回ですが、けれどやはり、忘れてはならないのです。
自動手記人形という職種が重宝されている世界を。
誰かに思いを伝えたいと依頼に来る依頼人が後を絶たないことを。
明るい戦後の世界を自分の足で歩いていけるようになったヴァイオレットならば。
暗い戦場を自分の足で歩いていけるヴァイオレットならば。
ヴァイオレットだからできることが、いや、ヴァイオレットにしかできないことが、きっとあるのではないでしょうか。
大仰な願い・切実な願い
亡くなったエイダンの思いを手紙に変えて、彼女は彼の家族の元へと向かいます。
死を伝える役を請け負ってしまった彼女は、それでも家族から「ありがとう」を渡されます。
しかし、彼女は謝ることしかできない。
できないことがあって、その所為で救えない命があった。
できることがあって、そのお陰で掬えた思いがあった。
戦争の兵器を否定し自動手記人形を肯定したけれど、結局はどちらもヴァイオレット・エヴァーガーデンという一人の少女の一側面でしかなく、どちらともきちんと向き合えた今、彼女は双方の側面と正しく向き合える段階まで来ている。ように思います。
そんな彼女が目指す場所。
それこそが『もう誰も死なせたくない』という大仰な、けれど切実な願いなのではないでしょうか。
どこまで行っても、彼女は戦争からは逃げられない。
けれど、この戦争を超えた先に、きっと『愛してる』を探す旅の答えがあると思います。