『言葉』とは口から出る『音』で、手で書く『文字』。
しかし、赤の他人にはただの音かもしれないその言葉で、救われる人がいます。ただの文字を読んで、涙する人がいます。
同じ言葉でも、人によって『価値』が異なるのです。
では、その『価値』を決定づけるものはなんでしょうか。
ヴァイオレットは文字を書く事ができる。喋れもする。しかし、その言葉は表面上の意味しかなぞることが出来ない淡白なもの。
そんな彼女が踏み込んだのは、建前の言葉で塗り潰された本当の意味を掬いあげることを求められる世界でした。
「言葉にできない感情」を知った1話。
「裏腹」を知った2話。
彼女は今回の第3話で何を知ったのか。
5つのトピックスで見ていきましょう。
- 自動手記人形に必要なもの
- 背を向ける少女
- 言葉の価値と『自動手記人形』
- 良き自動手記人形としての『一歩』
- 目的の変化
自動手記人形に必要なもの
教官は最初の授業で、自動手記人形に必要なものを教えます。
それは以下の4つ。
- 話す言葉を書き写せるだけのタイプ速度
- 文法
- 語彙
- 多種多様な手紙の形式の理解
ヴァイオレットはこの4つの課題を満点でクリアしましたが、合格のブローチを貰うことはできません。
手紙とは、人の心を伝えるもの。
良き自動手記人形とは、人が話している言葉の中から、伝えたい本当の心をすくい上げるものです。
なぜなら4つの課題は、依頼人からすくい上げた心を正確に、美しく『表現するための道具』に過ぎないから。
自動手記人形にとって一番必要なものは『依頼人の本当の心をすくい上げること』だったからです。
ではなぜローダンセ教官は『心をすくい上げる方法』をヴァイオレットに教えないのか。
それはきっと、一概には言えないからではないでしょうか。
同じ依頼なんてひとつとしてない。
だからこそ、自動手記人形は依頼人一人ひとりに寄り添い、共感し、本当に伝えたい想いを想像する。
この『共感』と『想像』を、僕は『心』だと思うのです。
そして『心』とは誰かに一言で教わるものではなく、その人が過ごしてきた時間の中で形成されていくもの。
たくさんの経験が心を豊かにする材料となり、『想像』は正確さを増していくのでしょう。
では、武器として生きてきたヴァイオレットは人としての人生をどれだけ過ごしてきたでしょうか。
ギルベルト少佐の優しさに触れた時間は確かにある。
しかし、その時間は他の人と比べて圧倒的に少ないはず。
彼女の心は、まだ何色にも染まっていないキャンバスの『白』なのです。
彼女に出来ることは、聞いた言葉をその意味の通りに編集し書き写すだけ。
心を込めたくても、込められない。
あなたの代筆したものは、手紙とは呼べない。
だから教官はこのように言ったのでしょう。
背を向ける少女
第3話のキーパーソンとなるルクリア・モールバラ。
彼女には、戦争で両親を守れなかった自分を責めて自暴自棄になってしまった兄、スペンサー・モールバラがいます。
そんな2人には大好きな景色がありました。
それは鐘のある高台から見た街の夕陽。
ルクリアにとって、あの夕陽は『この街で1番素敵な景色』で『子供の頃から大好きな景色』。
言い換えると、兄から貰った大切な想い出です。
しかし、時が経ったスペンサーは『今』と向き合えない。ルクリアはそんな『兄』と向き合えない。
だからルクリアは兄との想い出の象徴である『夕陽』と向き合うことができず、常に陽の光に背を向けるのです。
言葉の『価値』と自動手記人形
ルクリアはとても優しい女の子です。
ねぇヴァイオレット。少佐って誰?
貴女、毎回手紙の最後に「少佐からの手紙はまだですか」ってつけてるじゃない。
本当に手紙を書きたい相手はその人じゃないの?
今日はその人に手紙を書いてみない?
いつもの報告書みたいなのじゃなくて。
貴女の素直な気持ちを込めた手紙を。
最後まで付き合うから。
大変なのは自分なのに、ヴァイオレットの為に行動を起こせるほど。
しかし、その優しさで兄を想うと、途端に向き合えなくなってしまう。
心を伝えるって難しいね。
私、お兄ちゃんに何を言っていいか分からないの。
お父さんもお母さんも、遺品すら見つからなかった。私は、お兄ちゃんが生きていただけでも喜びたかった。
本当はただ、生きててくれるだけで嬉しいの。
ありがとうって、伝えたいだけなのに…。
その優しさが、本当に伝えたい数行の文章を言葉に出来ないほど重いものにしてしまう。
ずっと…言えない。
ヴァイオレットには言えるその言葉が、スペンサーには言えない。
同じ言葉なのに『重み』が違うのです。
言葉を重くするのは、一緒に過ごしてきた確かな時間があるから。
そして伝えたい想いが大きすぎるから。
文字通りの意味しか持たないはずの言葉は、気持ちを、想いを込めることで、『重く、価値のあるもの』へと変化していくのです。
たった一言の言葉。たった数行の文章。
しかし大切に想いを込めた言葉は、何万字もの美しい言葉を重ねるよりも『伝わる』ものになる。
けれど、想いを込めすぎた言葉は、逆に口から出にくくなってしまうこともある。
だからこの世界には【自動手記人形】が必要なのです。
そしてその想いを汲み取れる人こそが、良き自動手記人形なのです。
良き自動手記人形としての『一歩』
兄への想いを吐露し、部屋を出ていくルクリア。
ヴァイオレットは授業の内容を思い出しました。
良き自動手記人形とは、言葉の中から、伝えたい本当の心をすくい上げるもの。
スペンサーは『今』と向き合えない。
夕陽とも向き合えない。
彼はいつも陰の中でした。
そんな彼を照らすのは、ルクリアの想い。
心のない少女が、優しい少女の心を精一杯文字へと変換した、たった数行の手紙。
お兄ちゃん
生きてきてくれて、嬉しいの。
ありがとう。
ルクリア
第2話でヴァイオレットが代筆した手紙は、自分が『愛してるを知りたい』から、興味本位で書いたもの。
ローダンセ教官に厳しく指導された手紙は、あくまで『評価』を貰う為の『課題』として書いたもの。
しかし、今回の手紙はルクリアのことを想って書いたものです。
自分の為ではなく、ルクリアの為。
ルクリアの想いだけを込めた文章だから、ヴァイオレットが書いた手紙でスペンサーは涙するのです。
良き自動手記人形に必要な『共感』と『想像』。
今回の手紙の文章は、ヴァイオレットの『想像』ではなく、ルクリアが吐露した想いの中から、本当に伝えたいものを『選び』手紙としました。
しかし、手紙を書くための根底にある想いが『自分』ではなく『自分以外の誰かのため』に変わった瞬間が、ヴァイオレットが良き自動手記人形へと一歩近づいた瞬間になったんだと思いました。
ルクリアの想いを代筆した翌日。
ヴァイオレットはローダンセ教官に卒業の証を貰います。
ブローチは『タイプ機のボタン』で『言の葉』をすくい上げるもの。
良き自動手記人形を表すデザインです。
3話の最初、ローダンセ教官は言っていました。
本校卒業の証は一流の証明。
しかし、私が良き自動手記人形と認めない限り、この証は決して与えられません。
しかし、教官は証を渡す時、ヴァイオレットへこの言葉を授けます。
あなたが、良き自動手記人形になりますように。
教官は良き自動手記人形と認めた人にのみ証を与えると言っていましたが、証を渡す時の教官の言葉に疑問を感じていました。
認めた人にしか与えないのに、良き自動手記人形になりますようにってどういうこと?と。
しかし、言葉の意図を考えているうちに、答えではなく僕の妄想ですが、こうだったらいいなと思うものを見つけました。
教官の言葉に込められた本当の想いは、きっと『人の心をすくい上げるために、心の豊かな人になりなさい。』だと思うのです。
豊かな心を持つことこそが、良き自動手記人形の証。
心が分からない少女が沢山の人の心に触れ、少しずつ自分の心に色を足していく。
そうして深みのある心を持つことを、教官は願ったのではないでしょうか。
きっと「良き自動手記人形になりますように」の本当の意味は、「貴女が幸せになりますように」だと思いました。
目的の変化
ヴァイオレットが自動手記人形を志した理由は少佐の言った「愛してる」を知るため。
しかし今回はルクリアの為に代筆をしました。
証を貰えない時は「私は良き自動手記人形になれるのでしょうか」と悩んだりもしました。
彼女の目的は『愛してるを知ること』の他にもうひとつ、新たに『良き自動手記人形になること』が芽生えたのではないでしょうか。
新たな目標に向かい、彼女が悩みながらも歩んだことで、救われた兄妹がいます。
過去に縛られ、陽の光と向き合えなかった兄妹は
ヴァイオレットの手紙で前を向くことが出来ました。
陽の光を正面から受け止めることが出来ました。
張り付いたような偽りの笑顔をしていた彼女を
心からの笑顔に変えることができました。
ギルベルト少佐が最期に振り絞った「愛してる」がヴァイオレットに生きる目的を生み、それを目指す過程で笑顔に変わった2人がいた。
その事が分かった時、僕は涙してしまいました。
沢山の人の優しさに支えられ、そして優しさで支えた今回のヴァイオレット・エヴァーガーデン第3話。
本当に素敵な物語でした。