音楽の日の録画を見た。
やっぱりAqoursはキラキラしとる。良い。
しゅかしゅーのダンスが良い。
ひとつひとつの振り付けが分かりやすい。キレがあるのに止まるところはキチッと止まるから、見ていて気持ちがいい。そしてなにより振り付けへの最大限のリスペクトを感じる。
あと、あの笑顔はずるい。
ありしゃのラストの決めポーズが良い。
バレエダンサーのような美しさがある。かなり辛いであろうあの体勢を美しい笑顔で静止していた数秒間の中に、努力の時間が透けて見えた。
あいにゃのビブラートが良い。
初見の僕の反応↓
あいにゃガンギマリwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
— とっきー🍊 (@t_vuc) 2019年7月13日
あいにゃあいにゃあいにゃあいにゃあいにゃあいにゃあいにゃあいにゃあいにゃあいにゃあいにゃあいにゃあいにゃあいにゃあいにゃあいにゃ
— とっきー🍊 (@t_vuc) 2019年7月13日
やっっっっっぱりあいにゃ
— とっきー🍊 (@t_vuc) 2019年7月13日
wwwwwwwwwwwwwwwww
— とっきー🍊 (@t_vuc) 2019年7月13日
良すぎるwwwwwwwwwwwwwww
つまり、そゆこと。
そして、アニメと現実でシンクロする振り付けが良い。
Brightest Melodyには、盛り上がりが最高潮に達した興奮の爆発のようなジャンプがあるが、映画ではこのジャンプという一瞬の瞬間を数秒に伸ばすことで、視聴者の脳みそに直接「ここだよ!ここを見ろ!やべぇだろ?な?」と語りかけてくるが、現実のAqoursはそうはいかない。地球上の万物全ては重力を受けるのだから当然だ。
しかし、だからこそ。
あの数秒の一瞬へ飛び込もうと、膝をグッと曲げて大きく羽ばたこうとする瞬間が、とても愛おしく感じる。
あの瞬間は、アニメでは重点を置かれない部分だ。
しかしそれは、現実のAqoursがアニメのAqoursにシンクロするためにはどうしても必要なひとつの「助走」であり、現実のAqoursがアニメのAqoursではないなによりの証明であり、だからこそ最大限に近づこうとして「垣根」を超えるスーパージャンプだとも思うのだ。
やはり、Aqoursはアニメと現実ふたつがあって、そのふたつが重なり、解離し、また重なる瞬間がたまらなく愛おしいんだ。
と、感じた音楽の日だった。
余談
なんとなく、そのまま紅白の録画も見た。
「夢を歌おう」と書かれた垂れ幕を掲げるしゅかしゅーがいた。
「新しい夢」が繋がっていくと歌ったBrightest Melodyが、彼女たちの有言実行を証明しているように感じた。
Aqoursがたくさんの夢を語り、叶えていく姿、駆け抜けていく姿を、僕は僕なりの有言実行を重ねながら、追いかけていきたい。