アルキメデスの大戦 感想

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壮大なスケールで描かれる戦争映画と思わせておいて、その中身は戦時中の日本内部の予算会議だった。

こう書くと、とても見たいとは思えないかもしれない。最初の僕が正にそうだった。しかし、偏見を1枚ずつ剥がし見たそれは、とても惹き付けられる魅力に溢れていた。

この映画は、櫂直(かい-ただし)という一人の天才数学者が数字の力で戦争を止めさせようと足掻き、それでも激動のうねりに飲み込まれていく過程を見事に収めていたように思う。

あらすじ

世界一強大な戦艦を作り、米英に日本という脅威を知らしめたい"平山案"。提出された建造費は8900万(今の金額で1600億円)。戦艦としての出費を抑え、航空機による戦争にシフトしたい"藤岡案"。提出された建造費は9300万(1700億円)。日本の海軍は、このふたつの案で揺れ動いていた。

最終決定会議での可決基準は、"建造費に対するその戦艦の貢献度が適切かどうか"。つまり、安ければ安いほど採用率は跳ね上がるということ。

どうしても平山案を阻止したかった山本五十六(やまもと-いそろく)は、世界最大の戦艦の建造費があまりにも安すぎるという疑惑に目を付けた。

予算の虚偽申告の摘発に活路を見いだした山本一派は、ある日数学の天才・櫂直と出会う。

「日本が戦争に希望を見い出す巨大戦艦を作ってはいけない。本当の建造費が分かれば、その戦艦は作らずに済む。君の力が必要だ。」

櫂は渋々ながら、山本五十六の依頼を受けるのだった。

 

※ここからネタバレ有り。

 

感想

圧倒的な天才である櫂直が、目の前のハードルを越えようとがむしゃらに突き進む姿に胸が熱くなり、しかし、そのハードルを超えた瞬間に垣間見た景色に打ちひしがれる姿に、なんとも言い難い虚しさを感じた。

建造費の闇を暴いた瞬間に語られる平山の本当の思惑、それは敵を騙すにはまず味方からやらねばならない、アメリカが戦意を喪失するほどのものを秘密裏に作らねばならないという、戦争に勝つ為の揺るぎない意思だった。

建造費にばかり注目していた櫂にとっては、足場の土台が崩れ落ちる程の衝撃だったに違いない。あの時の菅田将暉の表情はとにかく素晴らしかったし、役者としての彼の凄みを見せつけられてしまった。

頭脳で上回った櫂。揺るぎない意思で圧倒した平山。そして、平山を称える会場。莫大な建造費だと明るみになってなお可決される絶望に打ちひしがれていた櫂だったが、その瞬間、ふと平山の船の重大な欠陥に気がつき、脳内に浮かぶ疑問が次々と口からこぼれ落ちる。

先程までの櫂は、情報をかき集め、論理を組みたて、何がなんでも相手の策の不正を証明したいという自発的な思いがあった。

しかし、この瞬間の櫂は違う。目的のための手段として集めた知識が、彼の中で暴走を始めてしまう。会場中は櫂の言葉は戯言だと痛烈に批判したが、唯一真剣に聞いていた男がいた。平山だ。彼は騒ぎ立てる会場に「お静かに」と一喝し、「続けて。」と櫂の言葉に耳を傾け続けた。

数刻の時が過ぎ、導き出された「この船は、沈没する。」という答えに、平山は納得すると共に、先程の櫂以上に絶望した。息を忘れるほど、見ていて胸が痛くなるほどの絶望とはこの事かと思った。

平山は悪事に手を染めつつも、その信念は常に強く美しい戦艦を建造することにあったはずだが、その船自体に問題があると発覚した時の平山演じる田中泯の迫真の演技は菅田将暉以上に"重い"演技だと思った。

平山が何十年もかけて培ってきたもの、積み重ねてきたものが崩れる衝撃と、たった数週間船の勉強をしただけの数学者によって崩されてしまった衝撃の双方が合わさった絶望を、不足なく表現していたように思う。

 

しかし、僕は待てよ?と思った。

僕は巨大戦艦が建造されたことを知っている。映画の冒頭に、多くの人間とともに沈没していった超巨大戦艦のシーンがかなりの迫力と尺で描かれていたはずだ。

しかし、今この瞬間に戦艦の建造は白紙に戻っている。この後に何が起こるんだろうかと思った時の不安と、しかし抑えられない不穏な胸の高鳴りは、とても言葉にし難い。これがロマンというものなのだろうか。

 

後日。櫂は平山に呼び出され、ある部屋に通される。

そこには、完成されるのを座して待つ超巨大戦艦の模型が飾られていた。

息を飲む櫂に、平山が言った。

「あの計算式を教えてくれないか。そして一緒に作らないか。本当は、君もこの船の完成を待ち望んでいるんだろう?」

日本は今、国力の差など無視して、実現するはずのない戦勝国の夢を見る。日本という国は、お上の為という信念の元、最後の一人になるまで戦い続ける。日本は上手な負け方を知らないのだ。

しかし、日本を象徴する、強く美しいものがあったらどうだろう。人々の希望が一心に集まり、その希望が砕けたとしたら。

人々は絶望し、武器を捨てるのではないだろうか。

続けて平山は櫂に言う。

「私は日本の依代を作りたいんだ。名は、戦艦大和とする。」

 

櫂の呼吸は荒かった。

櫂は、今この瞬間にどうするべきかを見て、考えて、行動し、掴んできた。しかし、平山は一人、戦争の先の先を見ていた。櫂とは違う次元に狙いを定めていたのだ。

 

結局、櫂が首をどちらに振ったかは描かれなかった。けれど、冒頭のシーン、そして僕らの史実から察するに、きっとそういう事なんだろう。

 

 

 

 

この映画のラストシーン。

巨大かつ美しい戦艦大和が夕日を浴びながら雄々しく出港する姿を見て、櫂は静かに涙を流す。

「どうされました?」と問うてきた隣の軍兵に言った「私には、あれが日本そのもののように見えるんだよ」が、自分では戦争を止められなかった悔しさ、その中でも最上の妥協点を選べた誇らしさ、そして、美しい戦艦に湧いてしまった愛着を自覚しながら、それでもこれから無惨に沈没する未来が待っている悲しさ、虚しさが全て入り交じった、最高の締めになったと思う。

 

これは史実を元にしたフィクションではあるけれど、物語自体の面白さ、事実と虚構の境界線は何処にあるのかというロマン、そして、実際に終戦後の世界を生きてきた自分の祖母と戦争について話すきっかけを貰った。

 

からしたら遠い場所にあった、最早他人事のように思っていた戦争が、ほんの少しだけ身近に感じられた。

 

とても面白い映画だった。