心の磁石と自分らしさ

損得勘定ではないし、何もかもに意味を見出そうと躍起になるのもどこか違うって思ってはいるんだけど、僕は高海千歌ちゃんと出会うためにラブライブサンシャイン、ひいてはラブライブを好きになったのかもしれないと思っていたりする。重い!

 

というのも、僕はあまりに高海千歌ちゃんに影響を受けすぎていると自覚しているから。

 

あんな風になりたい。

千歌ちゃんのように輝きたい。

 

それが僕の行動の根底にある。

 

だけど、僕はスクールアイドルでもなければ女子高生でもないし、なにか心から熱くなれるような趣味らしい趣味もない。

 

だけど、なあなあにこなしていた仕事にちょっと真剣に向き合ってみたり、取れるか微妙なラインの資格試験に挑んでみたり、もちろん心の底から楽しく遊んだり。

自分を生きることに、前のめりになってみた。

 

すると、少しだけ世界が違って見えたりした。

誰かの相談を受けたり、真剣に議論したりしている時、ふと高海千歌ちゃんの言葉が出ることがあった。

「出来るかどうかより、やりたいかどうかが大事じゃないかな?」

僕は、千歌ちゃんの言葉を借りることが多くなった。

 

だけども、誰かの言葉を借りるということに警鐘を鳴らす自分もいる。

「その言葉を言うに足る自分か?」

「"尊敬する人と同じことを言った"という自己満足のために、その言葉を利用していないか?」

と頭の中がグルグルすることもあった。重い!

 

そこから考えたのは、「自分らしさってなんだ」ってこと。

人間として、すごく好きな人がそれこそ沢山いる。そんな彼ら、彼女らにはブレない芯のようなものがある。

言動にとても素敵で優しくて強い一貫性がある人。

物事を面白く捉えて、人生を楽しむような人。

真面目で、時々僕も痛みを感じるような正論を頂く時もあるけれど、とても素敵で、尊敬している人。

どっしりと構えて、優しく受け止めてくれて、心から素敵だと思える人。

自分の好きな物に真っ直ぐで、見ているこっちまで胸が熱くなるくらい自分の好きに熱い人。

みんなみんな、とてもキラキラした自分らしさがあると思った。

 

僕にブレない芯はあるだろうか。

真剣に考えて、考えて、でも僕が自信を持って言えるのは"千歌ちゃんを尊敬していて、あんな人になりたい"ってことと、こうして"心の内を文章に込めて書きなぐり続けることが心から楽しい"って思えることくらい。

 

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気がつけば2年。

ただただ僕の気持ちを吐き出すエモ置き場から始まって。

だけど、だんだん欲は大きくなって、誰かに届けたい、誰かに読んでもらいたい。

そう思って、Message Bottleに名前を変えて。

 

気がつけば2年。

僕のTLはブログで溢れている。

心から好きなブログ、思わずクスッと笑ってしまうようなブログ、泣いてしまうブログ、何も感じないブログ、苦手なブログ。

沢山ある。

一番好きなブログは、やっぱり自分のブログ。みんなそうだと思うけど。

いちばん嫌いなブログは、やっぱり自分のブログ。

自分の正直な心がこもってない、自分を曲げて書いた文章はやっぱり嫌い。見えない誰かにビクビクしながら忖度して書いた文章が嫌い。

 

心がこもっていない文章を書くなんて、そんなのただの作業じゃねぇか。

 

そう思えてしまった。

そう思えたことが、なんとなく凄く嬉しかった。

 

僕が好きなのは、ただの文章を書くことではなく、心を込めまくって、書きながら泣いてしまって、ちょっと恥ずかしくて、だけど貰える反応一つ一つが僕の心を見てくれたみんなからの反応だから嬉しいと思う、そういうものなんだ。

"書き残そう、あなたの人生の物語"とはよく言ったもんだ。

僕は僕にしか書けないものを書いているとは思う。だって、僕が見て、僕が感じて、それをそのまま文章にぶつけているから。

千歌ちゃんの言葉だけじゃない。

僕には僕の言葉が、こんなにもあるじゃないか。

もちろん大好きな尊敬する人たちの言葉もきちんと大切に抱きしめながら、僕は僕の言葉をこれからも紡いで行きたい。

そして、万年へっぽこ飽き性の僕が2年間もブログを続けてこれたのも、こうして最後まで読んでくれるあなたがいるからです。

あなた達じゃなくて、あなたがいるからです。

ありがとう。

ありがとう。

 

これからもどうかよろしくね。

 

まだまだ、書きたいことがあるんだ。